核心区、緩衝区:高美野生動物保護区において、重要な動植物の生息地であるため、立ち入りを禁止とする。
永続利用区:観光客に体験してもらうために開放しているが、野生動植物の生息を妨害してはならない。また、水泳、シュノーケリング、または道具等を使用したウォーターレジャーも禁止とする。
リンク:分区規制事項
「高美」という美しい名前を擁しているこの場所は、台中市西部の清水区にあり(台中県と台中市が合併される前は、清水鎮(日本でいうところの「郡」)と呼ばれ、旧名は「牛罵頭」)、大肚山台地の西北麓と大甲溪の下流南岸の平原上に位置している。「高美地区」は、西は高美湿地を起点に、高美路を東へ進み、西濱快速公路(省道台61号線)と護岸路を越え、甲南の渓頭路まで、北は、護岸路にある高美國小を起点に、南は省道台17号線臨海路に至るまでの区画を指す。昔、この場所に住んでいた人々が、大甲渓の川床を開墾し稲を植えた。その証拠に水田の底面を少し掘るだけで楕円形の玉石(たまいし)が出てくるし、また、現地に行くとわかるが、農民が玉石を積み上げてあぜ道を作っていた形跡をある。これらは高美が以前は大甲渓の川床であったことを示す証拠である。それが今となっては、高美、高東、高西、高南、高北の5つの里(「村」に相当する行政区画)を有する土地となっている。
高美には著名なランドマークが数多くあるが、その中で最も輝きを放っているのが、台湾で唯一赤と白のコントラストで彩られた高美灯台である。高美灯台は、初期は大肚山麓で海に面している大甲、梧棲、沙鹿と清水の四か所にとって、非常に重要なランドマークであった。今では、この唯一無二の紅白の灯台とその傍らにある西洋式の建築で作られた高西示範託児所も合わさり、さらに顕著な高美湿地の目印となっている。高美灯台が建てられたのは1967年、塔の高さ34.4m、台座も含めると38.7mにもなる。
以前、税関が西海岸の船舶の航行状況の監視及び梧棲港に出入りする船舶の安否確認ため、そして桃園の白沙岬灯台と澎湖の目斗嶼灯台の照明の不十分を補うため、両灯台間のほぼ中間のこの位置に建てられたのである。1967年から点灯し始めたが、1982年に台中港灯台が設置完了されると、高美灯台と彰化にある芳苑灯台、そして台中港灯台の3基の位置が近すぎることが理由で、高美灯台にある灯具は台中港灯台に移され、高美灯台は正式に任を解かれ、計15年の務めに幕を下ろした。ただ、灯具を失ったのみで、台座部分は取り壊されずに残っていることから、台湾で唯一のいわゆる「首なし灯台」でもある。
高美湿地は台中市西部の清水区に位置している。高美湿地は近年別の事情で人々の印象に刻まれている場所でもある。それは環港北路沿いに建設された18基の風力発電システムの件である。2003年に台湾電力が建設を決定し、オランダの企業が受注を受けた。しかし、2005年に、オランダ企業の財務的な問題から、日本の企業へと、その後の工程が引き継がれた。しかし、高美湿地の風力発電システムの構築は、前途多難を極めた。受注を引き継いだ日本の企業も、経営難により、再度他の企業へと受注を引き継ぐこととなった。このような状況下が原因となり、部品の不足や、修理の問題が相次いだ。加えて、風車は海浜地区に設置されるため、台風の時期になると、システムに故障や障害が生じる。実際に、2008年には高美湿地の風車が風の影響で倒壊したという記録もある。高美湿地の電力風車は台湾で初めて導入された風力発電システムであり、設備の老朽化で故障しやすいことに加え、設置の過程で受注企業が相次いで変更されたことから、その修理も容易ではない。そのため、強風の吹き荒れる日には、よく稼働を停止している風車をみかける。※
※ 参考元
1.2009 年10 月14 日自由時報(新聞)
2.2011 年7 月22 日TVBS・民視新聞(ニュース)